【ACOH-S 通信 NO.143】いつか無意識になるまで…学びは続く(田中牧子さん)

カテゴリーACHO-S通信体験者の声
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仕事を退職したとき、これからは自分のしたいこと、興味のあることに時間を使おうと思った。それまでの仕事はやりがいがあり、よりよいものを目指して自分なりに一生懸命やってきた。しかし今思うと、あの三十数年は自分であり別の自分のような・・・遠い昔のことのような感覚だ。

今の自分は十代のころとつながっている。SF(science fiction)が好きで、SFを通して科学、宗教、哲学に興味をもち、音楽を聴いて宇宙を感じる。アコーズに入会したのも、その延長線上かもしれない。上達の速さは人それぞれだが、私は60歳過ぎてから入会したので、人一倍時間がかかることを覚悟した。今一番感じるのは、「継続は力なり」ということである。

自己整体一気功の中の運動は、他人からはわからなくても、自分の中での変化が感じられる。

初めは雲をつかむようだった太極拳やカンフーの套路も、断片的だった流れが突然つながったり、体が自然に動いたりしていつの間にか覚えた。また3年目を過ぎたころから、意識せずに体が動くようになった気がする。これは単に順番を覚えたということではなくて、腰、肩、肘、手首などの連動を体が覚えてきた、という意味である。

先生が、「漫然とではなく自分の課題をもって、ひとつひとつの動作を意識して練習すること」の大切さを説かれるが、いつも意識して練習していると、あるとき意識しなくても体が動くときがくるのだと思った。ただそれには年月(または回数)が必要で、やはり「継続は力なり」である。まだまだ奥は深く、進歩したかと思うと次の壁が見えてくる。ひとつひとつ乗り越えるしかない。

私が考えるアコーズの特徴は、発表会も昇級試験もないことだ。普通はそういうものを目標に頑張り達成感を得るものだが、アコーズにはどちらもない。それなのに、皆さんモチベーションをもって練習に励まれている。これは単なる習い事を越えた、生き方を学ぶ「武道」つまり「道」の部分が大きいからだと思う。切磋琢磨しつつも、過度に人と比べることなく、自分と向き合うことをめざす。太極拳を通して、自分の体だけでなく感じ方、考え方の癖(特徴、偏り)に気づき、学んでいく。これは一生続く「道」である。普段の生活でも、無駄に力が入っていないか、かかと重心になっていないか・・・気にするようになった。気づいて修正することの繰り返しだ。いつか無意識になるまで。

練習を通して、自分の中の中心軸や、ブレないけど柔軟な心が育てば、生き方や周りへの対応も違ってくる。もっと若くて苦しかった時にアコーズに出会っていれば・・・と思わずにはいられない。

ところで向き合うべき「自分」とは何だろうか?生まれた時代、場所、育った環境、遺伝的要素・・・タマネギの皮をむくように、私を形づくるものをむいていくと、一体何が残るのか?それとも残らないのか?太極拳は自分の深いところに入っていくのに大きな力になると思う。少なくとも、いろいろな条件付けの結果起こる偏りに気づかせてくれた。

 最近、先生がよく「氣」の話をされる。これは私にとって難題である。

 長く理科を教えていたので、検証できないものは鵜呑みにしないという習性がある。私は霊感が強くなく、站椿功で「氣」を感じるような気がするが、気がするだけ?かもしれない。ただ、今の科学で検証できていないものが「ない」とは限らないので、「氣」をまったく否定する気もない。そこで「氣」を感じるために1年以上前から毎朝気功(禮佛手と五行内気)をやっている。「氣を育てる」ことができるかどうか、自分の中で実験中である。

呼吸は意識と無意識の架け橋。呼吸を意識的にコントロールし、無意識に働きかけ、心身を整えることができる。気功を始めて、呼吸はかなり深く長くなった。そして確実に感じるものがある。満たされた気持ち、守られている感じ、感謝、足の裏や手の感覚、丹田に落ちていく感じ。続けていると、あるとき突然気づくのだ。結局は自分の感覚なので、証明にはならないが、続ける価値はある。

この年になると、人はいずれ死ぬのだということを痛感する。でもこの年だからこそ、目の前のことだけではなく、生きることにどんな意味があるのかをいつも考えたいと思っている。

いつも明るく導いてくださる明子先生、そしてアコーズの皆さま、感謝しています!

秋葉からの感想

牧子さん、素敵な文章をありがとうございました。

読ませていただきながら、「いつか無意識になるまで…学びは続く」という言葉が、最後まで静かに響いていました。

牧子さんは、もともととても理知的で理論的な方ですよね。理科を長く教えてこられた背景もあって、「分からないものを分かったふりで受け取らない」「自分の中で検証しながら進む」という姿勢が、文章の随所に表れていました。だからこそ、太極拳や気功に対しても、盲信ではなく、丁寧に観察し、実験し、積み重ねておられる。私はそこに、学びの強さと誠実さを感じます。

そして何より、牧子さんは毎回、定刻にいらっしゃる。

この「当たり前を当たり前に続ける」ことが、実は一番難しいのに、それを淡々とやってのけている。継続の力を、ご自身の言葉で語りながら、生活の中でそれを実行されている姿は、周りにとって本当に良いお手本です。

進歩も、とても着実です。

套路が「突然つながる瞬間」や、「意識しなくても体が動く感覚」を、牧子さん自身の言葉で掴んでおられるのが伝わってきました。順番を覚えたからではなく、腰・肩・肘・手首の連動を、身体が学び始めている——この理解は、まさに本質に触れています。きっと牧子さんの“観察する力”と“続ける力”が、そこへ導いたのだと思います。

また、アコーズの特徴を「発表会も昇級試験もないのに、皆が淡々と練習を続ける。それは武道の“道”の部分が大きいから」と捉えられた視点も、嬉しく拝読しました。まさにアコーズが大切にしたいものを、牧子さんは言葉にしてくださったと感じます。

そして…これは私の個人的な印象ですが、牧子さんは“先生としての先生”タイプです。

もし自分の子どもの担任が選べるなら、私は迷わず「牧子さんのような先生がいい」と思ってしまいます。落ち着きがあり、筋が通っていて、相手をよく見て、必要なことを粘り強く続ける。安心して背中を預けられるような信頼感があります。

これからも、牧子さんの「理性」と「実感」の両方を大切にしながら、無意識へ向かう道を一緒に歩んでいきましょう。

素晴らしい通信を、本当にありがとうございました。こちらこそ、いつも牧子さんの存在に感謝しています。

湘之奇 秋葉明子