【ACOH-S 通信 NO.141】心想事成(しんそうじせい)
明けましておめでとうございます㊗️
今年最初の通信は、中国の吉語「心想事成」を皆さんにお届けします。
“心に強く思い描いたことは、やがて実現する。”――日本語でも字を見ればすぐ意味が伝わる言
葉ですね。そして振り返ると、私の人生はまさにこの言葉の通りでした。
香港で「本物」に出会えたこと
1995 年、主人が突然「香港へ駐在」と命じられました。
ちょうどその頃の私は太極拳に興味があり、本を読んだり、明治公民館の太極拳クラスに一度体
験に行ったりしていた正にその時でした。そして、まさかの香港生活。
私はすぐに「本場で必ず太極拳を学ぶ。帰国したら日本で教える」と心に決めました。香港に着くと、すぐ
に教室探しを始めました。いくつかのご縁を経て、渡航からわずか 2 か月で、ついに曹老師と出会いました。
初めてお会いした時、日本から持ってきた太極拳の本をお見せすると、曹老師は一瞬で、「そんな本は全
く役に立たない。今すぐ捨てなさい!」と一言。衝撃でしたが、ここから私の太極拳人生が本格的に始まり
ました。
初回の授業で曹老師は、私を見てこう言いました。「君は何か太極拳をやっていたの?他の人と全然違
う。」私は「インドネシアで合気道を学んでいました」と答えると、「通りで無駄な力が抜けている」と褒
めてくださいました。
続けたから、任されるようになった
そこからというもの、寝ても覚めても太極拳のことばかり。外出先でも練習してしまい、子ども
たちに「お母さん、恥ずかしいから怪しい動きをやめて!」と注意されるほどでした(笑)。
香港での 3 年間、クラスを休んだのは息子が一度熱を出した 1 回だけ。早い段階から個人レッス
ンも受け、学び続けました。やがて曹老師から「日本人グループを代行で教えるように」と命じられ、1 年
間指導を担当しました。この経験が、帰国後に教室を続ける大きな力になりました。
日本で教室を始め、広がっていった
帰国後は、荷物も届かないうちから教室を開く場所探し。
最初は鵠沼の小さな健康食品店の片隅(たぶん 6 畳ほど)。生徒さんは近所の親子お二人からのスタートで
した。その後スポーツクラブでの指導が決まり、初回から 40 人が集まり緊張したのを覚えています。
私は毎回、皆さんの名前を点呼し、顔と名前を覚え、名前で呼びながら丁寧に直すことを大切に
しました。クラスは次第に人気となり、定員オーバーになるほどに。
そして独立し、熱心な生徒さんたちがついて来てくださり、今の茅ヶ崎スタジオ 21 で教え始めたのが、
ちょうど 25 年前になります。
海外でも学びがつながり、今また新しいご縁へ
その後も駐在でシンガポール、台湾へ。各地で学び、教え、良い友人や指導者との出会いがあり
ました。台湾では陳佐鎮老師とも出会い、太極拳と同じ“内”の功夫を深めていきました。
帰国して 13 年、今は二人の師父を亡くし、「これからは一人で進化していく」――そう思ってい
た矢先、香港のワグナーさんとのご縁がつながりました。
曹老師の一番弟子である彼は、私の動画を見つけて連絡をくださり、今も毎日やり取りしながら
学びを深めています。
そして彼から「日本で伝統をつなぎ広めてほしい」と託されました。
ワグナーさんからそう言われて以来、更に私は曹老師の太極拳をこれまで以上に日本で広めることの情熱に
火を付けられました。学ぶほどに本物の太極拳が持つ唯一無二の魅力を、一人でも多くの人に体感してもら
える様決意したところです。
今年は、あなたの「一歩」を
私は今、まだ実現していない“ひとつの夢”に向かっています。それは、私だけが嬉しい夢ではなく、みん
なにも喜ばれる夢です。機が熟せば、想い続ければ、必ず叶う――私はそう信じています。
だから皆さんも、新年の今、目標や夢をぜひ紙に書いてみてください。そして「小さくてもいい一歩」を、
今日から始めてみましょう。もう一つ、わたしの人生で分かったことがあります
一所懸命に物事に取り組み続ければ、必ずサポートしてくれる人が現れます。私は幸運にも、そんな人が
次々に必要なタイミングで現れてくれました。
そして本当に、皆さんも含めて、周りの人たちに恵まれてここまで来ることができました。
改めて、こころからありがとうございます。
私が特別だったわけではありません。ただ、心に決めて、続けて、諦めなかっただけです。
皆さんも今年は「小さくてもいい一歩」を積み重ねていきましょう。一緒に進めば、必ず変わります。
どうか、2026 年もどうぞよろしくお願いします。
湘之奇 秋葉明子