【ACOH-S 通信 NO.144】蔡宗憲老師――人間力という名の「氣」
台湾での歳月を振り返るとき、絶対に忘れてはならない師がいる。蔡宗憲(ツァイ・ゾンシェン)老師。彼は私に書や水墨画を教えてくれた師であり、今ではかけがえのない親友でもある。
出会いは、私が住んでいたマンションの一階にある書道教室だった。最初は面白半分で通い始めたが、そこは墨のついた筆を振り回して走り回る子供たちの喧騒に包まれていた。
「なぜ、きちんと注意しないのですか?」
私の問いに、学長は「モンスターペアレントが怖くて叱れないのです。」と力なく笑った。礼儀よりも配慮が優先される時代の空気は、日本だけではないことを知った瞬間だった。
そんな中で出会ったのが、当時四十二歳だった蔡老師だった。
個人レッスンをお願いし、初めて自宅に来ていただいた日はひどい大雨だった。チャイムが鳴り、ドアを開けると、そこには車いすに座り、びしょ濡れになりながらも満面の笑みを浮かべる彼がいた。
小児麻痺により、幼い頃から両脚の自由がない。同じ病を患う兄は片脚が動くため「もう一方も動けば」と葛藤しているが、蔡老師は違った。
「私は最初から二本とも動かない。だから、自分にできることをしてる。」
彼はどんな時も悲痛さを感じさせない。丸い顔をさらに丸くして笑顔のまま言った。
笑顔の中にある確固たる力。その言葉が私には強烈に心に残った。
彼は常に前向きだった。どんな境遇でも愚痴を言わず、できないことを嘆かず、自分にできることを徹底する。その生き方は、私が追い求めていた「氣」の在り方に、静かな、しかし鋭い問いを投げかけていた。
気とは、技の形より前にあるものなのか。
気とは、相手に勝つ力ではなく、自分を折らせない意志なのか。
どんな武術の達人よりも強い「芯」を感じさせた。この人の中に流れている圧倒的なエネルギーは何だろう。私はそれを後に「人間力」と呼ぶことになる。
授業は水彩画、素描画、水墨画、書道、なんでもこちらがやりたいものを教えてくれる。その教え方は、本当にわかりやすく、しかも楽しい。いつも二人で笑いながら、「氣」が合うってこんなことをいうのだろうって思いながら、授業を受けていた。
ある時私は、彼に向って言った。
「蔡老師。あなたって本当に強いね。この言葉をあなたに贈るね。今日日本ではこういう言葉が流行っているの。『人間力』」
私の何気ない一言を、彼は心から喜んでくれた。
そしてその「人間力」という言葉は、やがて彼の個展のメインテーマとなり、彼の表現の中心へと育っていった。
蔡老師は、車いすを単車に積み込み、台湾中を縦横無尽に走り回る人だった。ある日、その単車の後ろに若く美しい女性が乗ってきた。彼女との物語を聞き、私の尊敬はさらに深まった。
二十代で結婚を決意した二人だったが、彼女の両親の猛反対により、彼女はアメリカへ留学させられた。普通ならそこで途切れてしまう縁だろう。しかし蔡老師は、車いすの身で彼女を追ってアメリカまで渡ったのだ。まるで韓国ドラマじゃない。私はここでも深く感動した。男らしすぎる!と。
自分の人生を諦めない情熱と、自立した信頼関係。依存ではなく尊重。彼らの姿は、私に深い学びを与えた。
時々私は夫には内緒で(笑)、台湾の排気ガスの中、彼の単車の後ろに乗せてもらい、植物園や故宮博物院へ出かけた課外授業は、私にとって忘れられない大切な思い出だ。
蔡老師から受け取ったものは、技よりも先にあるもの、形よりも内側にあるものだった。
彼の「人間力」という名の気は、私の旅の中で最も人間的で、最も深い教えとなったのである。
そして、この三月、私は彼に招かれて、名付け親として、「人間力」という彼の作品を見に行くことになっている。